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高松高等裁判所 平成9年(行ケ)1号 判決 1998年9月07日

原告

西内隆治

外五名

右六名訴訟代理人弁護士

元井信介

被告

徳島県選挙管理委員会

右代表者委員長

森本了

右訴訟代理人弁護士

田中浩三

田中達也

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求の趣旨

一  平成八年五月二六日執行の徳島県美馬郡一宇村長選挙(以下「本件選挙」という。)に関する原告らの審査申立てについて被告が同年一二月二〇日付でした裁決を取り消す。

二  本件選挙を無効とする。

第二  事案の概要

本件は、本件選挙の選挙人である原告らが、本件選挙は違法に調製された無効の選挙人名簿に基づいて行われたものであるから、公職選挙法(以下「公選法」という。)二〇五条一項所定の「選挙の規定に違反することがあるとき」に当たり、かつ、これが選挙の結果に異動を及ぼすことが明らかであるとして、本件選挙に無効事由はないとした被告の裁決を取り消して本件選挙を無効とすることを求めた事案である。

一  基礎となる事実(証拠は、証人切上悦男、同大久保勝のほか、各項に掲記したもの)

1  本件登録抹消に至る経過

(一) 一宇村選挙管理委員会(以下「一宇村選管」という。)は、平成六年九月一日開催の委員会において、公選法二二条一項の規定による選挙人名簿の定時登録につき、委員の一人から定時登録を受けた者の中に現在一宇村内に住所を有しないものがいるとの趣旨の意見があり、その実態調査を行うことを確認し(乙一三)、同年一一月一一日開催の委員会において、右実態調査の方法について協議し、その結果調査期間は同月中とし、委員が自ら調査員となって調査を行うが、原則として各部落会長から事情を聴取し、部落会長が村議会議員の公職にある地区については、農業委員、納税組合長、近隣住民等から聴取する方法により調査することを決し(乙一四の1)、併せて実態調査票の様式も定め、各部落会長に宛てて「一宇村選挙人名簿の登録に係る実態調査について(依頼)」(一選管第三八号)を送付して調査を依頼した(乙一四の2)。

(二) 一宇村選管の平成六年一二月一日及び二日開催の委員会において、各委員から調査結果の報告がされ、これに基づき審議されたところ(乙一五の1)、一宇村内に住所を有するかどうか疑義があるとされた三三一名に対し、「一宇村選挙人名簿の登録に係る実態調査について」と題する書面(同年一二月一二日付一選管第四三号。乙一五の2)を送付して選挙人名簿に登録できない旨を通知することとされ、そのとおり実行されたが、右通知を受けた者から異議の申出をした者も少なからずあったため、一宇村選管は、同年一二月一六日、同月二七日、平成七年一月一一日開催の委員会において、「選挙人名簿登録に当たっての住所認定基準」(以下「旧基準」という。)を作成し、これにより同年一月一一日から同月一七日までの間に再調査を行うことを決定した。旧基準の内容は、住所とは「生活の本拠」を指すとした上、その認定に当たっての一般的基準を次のとおり定めた(乙一六、一七、一八の1・2)。

(1) 学生・生徒が村外の寮、下宿等から村外の学校等に通学している場合

原則として居住する寮、下宿等の所在地にある。但し、当該寮、下宿等が家族の居住地たる一宇村に近接する地にあり、休暇以外にもしばしば帰宅する必要がある等の特段の事情がある場合は一宇村に住所があるものとする。

(2) 勤務地が村外の遠隔地にある関係上、家族の居住する一宇村から離れて居住している者の場合

本人の日常生活関係、家族との連絡状況等の実情を調査確認して認定する。確定困難な場合、勤務日以外には家族のもとにおいて生活をともにする者については、一宇村に住所があるものとする。

(3) 一宇村内に居宅・家族等を有する出稼者については一宇村に住所があるものとする。

(4) 一宇村内に居宅・家族等がありながら、村外の病院・療養所等に入院、入所している場合

長期かつ継続して入院、入所している場合を除き原則として一宇村に住所があるものとする。なお、長期入院、入所者であっても頻繁に帰省している者は継続していないものとする。

(三) 一宇村選管は、平成七年一月一八日開催の委員会において、旧基準に従って再調査を行い、その結果、転出者五名及び死亡者三名の合計八名を除き一四八名を一宇村内に住所を有する者、一七六名は住所を有しない者と認め、前者については訂正通知(選挙人名簿から抹消しないこととする)を行い、後者については同年一月三一日を申出期限とする再調査申出書を同封して再び登録できない旨の通知を行うこととし、同月二〇日付で通知された(一選管第三、四号。乙一九の1ないし4)。これに対し、右申出期限までに一〇六名からの再調査申出があり、その後も二月一三日から三月二四日までに一二名の者から再調査の申出があった(乙四六、四七ないし四九の各1、五〇の1・2、五一ないし六四の各1、六五の1・2、六六ないし七四の各1、七五の1・2、七六ないし一一二の各1、一一三、一一四、一一五ないし一一九の各1、一二〇、一二一、一二二の1、一二三・一二四の各1・2、一二五ないし一四六の各1、一四七、一四八ないし一六三の各1、一六四ないし一六九)。

一宇村選管は、平成七年二月八日、同月一三日及び三月八日開催の委員会で審議し(乙二〇ないし二二の各1)、同月二九日開催の委員会において最終的に登録抹消する一五五名を確定し(乙二三の1)、翌同月三〇日、これら一五五名を職権で選挙人名簿から抹消する(以下「本件登録抹消」という。)旨の告示をした(一選告第一七号。乙二三の2、二二九)。

2  本件補正登録に至る経緯

(一) ところが、本件登録抹消を受けた者からの異議申出が続出し(乙一七〇ないし二二七〔各枝番を含む〕)、平成七年六月二一日には原告西内隆治が紹介議員となって、一宇村議会に四三名連名の「選挙権保護に関する請願書」が提出され議会で採決されたほか(乙三一の5・6、二三五の1〜3)、異議申立却下決定の取消しを求める訴訟が徳島地方裁判所に提起されるなどした(乙三三の2)。

(二) 一宇村選管は、前記一五五名を登録抹消した平成七年三月三〇日、住民基本台帳法一〇条に基づき、右の者らを選挙人名簿から抹消した旨を一宇村長に通知した(一選管第七八号)。右通知を受けた一宇村長は、本件登録抹消を受けた一五五名につき住民基本台帳法三四条二項に基づく調査を行うこととし、同年六月五日付一第二〇六九号により、一宇村役場行政職員課長及び課長相当職の職員合計一六名に調査を指示し、同年六月五日から一五日にかけて、右一五五名から死亡した者一名及び転出者九名を除く一四五名を対象に、その生活実態を明らかにするため、本人から直接事情を聴取し、本人と面談できないときは、親族、同居人等の関係者から事情を聴取するなどして調査を行った。調査項目は、実際の居住地、住民票上の住所地での持家、借家の別・家族の居住の有無・田畑山林の管理の有無・電気・水道・テレビ・電話の加入状況、就労・就学状況、生活の本拠をどこに置きたいかという本人の意思等であった(乙七の2〜148)。右調査が行われた結果、住民基本台帳への登録を現状どおり認める者一一二名(乙七の2〜113)、居住地への転出を指導すべき者二八名(乙七の114〜143)、住民登録の抹消をやむを得ないとされた者五名(乙七の144〜148)というものであった。

(三) 平成七年一〇月、一宇村選管の委員全員が辞職し、新たに選挙管理委員が任命された。委員の構成を一新した一宇村選管の第二回目の委員会が同月二〇日に開催され、選挙人名簿から登録抹消された一三九名(前記一五五名から死亡者一名及び転出者一五名を除く残人数)について、前記(二)の一宇村部局による調査結果をふまえた上で、選挙管理委員の中で実情が把握できていて直ちに補正登録が可能な者として約八八名、村に転出指導をさせるがとりあえず補正登録する者として約二八名、補正登録できない者として約八名、更に調査を要する者として約一五名を選別するとともに、調査票の様式を確定し、同月末から一一月上旬にかけて再調査を行った。その際の調査方法も、原則として本人から事情を聴取し、本人と面談できないときは、親族、同居人等の関係から事情を聴取するというものであり、調査項目は、調査対象者の生活の状況、地縁関係、健康状態、就労・就学状況、生活の本拠をどこに置くかについての本人の意思等であった(乙九の1〜26、乙三八の1〜3、二四二)。

そして、一宇村選管は、同年一一月八日に開催された委員会において、補正登録の可否基準となる住所要件について次のとおりの判断基準(以下「新基準」という。)を確定した上、その基準に照らし、前記調査結果をもふまえて個別的に検討したところ、補正登録する者九二名、一応補正登録するが一宇村として転出を指導し、これに応じなかった場合には次の選挙時登録の際に登録抹消すべき者一八名、補正登録しない者二九名とするなどの方針が決定された(乙三九の1〜3)。

(1) 住民基本台帳に引き続き一定期間以上継続して登録されていること。

(2) 住民基本台帳の登録によって生ずる権利の享受と納税等の負担を果たしていること、

(3) 村の区域内に居住可能な住宅(借家可)を有し、かつ通常の生活を営むことができる設備を整えている者。

(4) 住所地の世帯の後継者又はその家族との扶養関係が存在する者で、毎年継続して一定期間その住所地の住宅を活用していると認められる者。

(5) 学生等で休暇日はもとより必要に応じ帰宅し、家族の一員として冠婚葬祭、その他扶役等に出ている者。

(6) 実態を伴わない転入など、村の公職の選挙を意識したと思われる件については、法制度を適用し、厳正、公正に対処する。

(四) 一宇村選管は、平成七年一二月五日一〇九名を補正登録して再度選挙人名簿に登録する旨の告示をし(一選告第六九号。乙二三二)、その後も、平成八年三月(乙一〇の1〜53)、同年四月(乙一一の1〜29、一二の1〜18)に更に調査を重ねた後、同年五月九日、更に一一名を補正登録して再度選挙人名簿に登録し、一名を登録抹消する旨の告示をした(これら一連の補正登録を以下「本件補正登録」という。一選告第九号及び第一〇号。乙二三三、二三四)。

3  本件選挙の執行状況及び不服手続

(一) 本件選挙は、本件補正登録をした選挙人名簿に基づき平成八年五月二六日に執行されることとなったところ、一宇村選管は、同月一七日付で選挙時登録に際しての名簿の縦覧場所の告示をし(一選告第一二号。乙二)、また、同日付で選挙人名簿への被登録資格の基準となる日、登録の日及び縦覧期間の告示をした(一選告第一三号。乙三)が、縦覧期間(同月二一日から二二日まで)において名簿の縦覧をしに来た者はなかった(弁論の全趣旨)。

(二) 本件選挙の結果、当時現職の村長が二七票差で当選した(争いがない)。

(三) 原告らは、いずれも本件選挙の選挙人であるところ、平成八年六月五日、一宇村選管に対し、本件選挙を無効とする旨の決定を求めて異議を申し出たが、一宇村選管は、同年七月一五日付で右異議申出を棄却する旨の決定をした。そこで、原告らは、同月二五日、被告に対し、右決定に対する審査の申立てをしたが、被告は、同年一二月二〇日付で右審査の申立てを棄却する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をした。

二  当事者の主張

【原告らの主張】

1 本件紛争に至った経過

(一) 一宇村は、徳島県の中でも典型的な過疎化の進んだ村で、一人暮らしなどの高齢者は村外の病院や特別養護老人ホームなどに長期間にわたって入院し、また比較的若い夫婦も子どもの教育などのため村外の比較的大きな町に居を移し、そこで生活をするようになってきた。しかし、一宇村から転出したものの、住民登録はそのまま一宇村に残しているため、実際の住所地と住民登録上の住所地が乖離した者が多数にのぼってきた。その結果、実際の住所は一宇村外にありながら、選挙人名簿の登録だけは一宇村に残されたままになっている者の数が多くなり、これをそのまま認めることは、憲法の定める民主的な選挙制度自体を根底から覆し、地方自治の本旨にも反することになったものであり、右のとおり一宇村の選挙人名簿が適正なものでなくなっていたことは、被告自身が把握していたものである。

(二) そこで、一宇村選管は、この矛盾を解消すべく、平成六年九月一日開催の委員会において、実際に一宇村内に住所を有するか否かの実態調査を行うとともに、旧基準を作成して、平成七年一月一一日及び同月一八日開催の委員会において、旧基準に照らして選挙人名簿に登録できるか否かの判定をし、更に、数回の委員会の審議を経て、同年三月二九日開催の委員会において最終的に登録抹消する一五五名を確定し、同月三〇日、これら一五五名を選挙人名簿から抹消したものである。

(三) しかし、本件登録抹消は一宇村内に波紋を起こし、村議会に対し、抹消を回復されたい旨の請願や本件登録抹消に対する訴訟が提起されるなどの事態を招き、村議会から報告を求められた一宇村選管は、被告とも協議の上、登録抹消は適正な調査の下に客観的に判断を下したものである旨の報告書を提出した後、平成七年九月二九日をもって委員全員が事実上辞任してしまった。そして、一宇村選管は、委員の顔ぶれを一新した平成七年一〇月二〇日開催の一宇村選管の委員会において、再調査もせずに直ちに登録抹消された者のうち八八名を補正登録すべきものと決定し、その後、選挙人名簿から抹消した一五五名のうち平成七年一二月五日に一〇九名を、平成八年五月九日に一一名を補正登録する旨の本件補正登録をしたものである。

2 本件補正登録の違法性

(一) 一宇村選管は、平成七年一一月八日開催の委員会になって住所要件の新基準を作成したが、右作成前に既に八八名が補正登録されることが決定していたこと自体大問題であるが、それは別にしても、この新基準は実態を無視してできるだけ一宇村における選挙権を認める方向で作られた基準であって、旧基準と比べて住所を恣意的かつ不当に拡大した基準である。

新基準のうち、選挙人名簿への登録を納税等の負担を条件としていることは論外としても、「住所(借家可)を有し、生活を営む設備を整えている者」との基準で選挙権を与えたのでは、一宇村に別荘を持っていれば同村内に住所を有することになり、同村での選挙権が与えられることになる。また、「住所地の世帯の後継者等で毎年一定期間住所地の住所を活用している者」との基準では、祖父母又は父母等が一宇村内に住所を有していれば、村外に家族が住んでいてもときどき里帰りしているような子や孫まで一宇村内に住所を有することになり、同村での選挙権が与えられることになるのである。

(二) このような基準で選挙権の基になる住所を認定すること自体違法である。また、ここにおいて一宇村選管の方針が旧委員あるいは旧基準の時と、新委員あるいは新基準の時とで大転換したことだけは間違いなく、その後、一宇村選管は、新基準を適用して、旧基準の下で住所要件を欠くとした者のうち一二〇名の者に対し本件補正登録をしたものであるが、右の者らのうち、少なくとも本件補正登録時において、一宇村で生活をしていたと認められる者は誰一人としていない。現に、原告らにおいて本件補正登録を受けた一二〇名の住所とされている場所を調査したところ、建物自体がない者、建物はあるが廃屋同然で到底人が住んでいるとは考えられないところばかりであった。

3 本件選挙の無効

(一) 以上のとおり、本件補正登録は、一宇村選管においてその適正な調査に基づき、一宇村内に住所を有しないとの判断の下に適正に選挙人名簿から登録抹消された者について、旧基準から新基準へとことさら住所要件を違法に緩和し、いわば住所票架空残留者(実際には村外に住所を移転しながら住民登録だけを一宇村内に残している者)の選挙人名簿登録に協力加担する趣旨でされたものである。

(二) 仮に、一宇村選管が架空残留者に対する本件補正登録に協力加担したものではないとしても、選挙人名簿からの登録抹消から本件補正登録に至った一連の経過を見れば、選挙管理委員の交代とそれに伴う住所要件についての旧基準から新基準への転換、そして新基準の下で登録抹消を受けた者全員が一宇村内に住所を有しないのにかかわらず違法に本件補正登録を受けたものであって、本件補正登録の瑕疵は、脱漏、誤載といった単なる選挙人名簿の個々の登録の誤りに帰する問題ではなく、一宇村選管による公選法二一条三項、同法施行令一〇条に違反する違法な住所認定のもとになされたものである。

(三) したがって、本件補正登録は、選挙人名簿の調製に関する手続についてその全体に通ずる重大な瑕疵があるから、その全部が無効であって、一宇村選管が右無効な本件補正登録を含む選挙人名簿によって本件選挙を行ったことは、公選法二〇五条一項所定の「選挙の規定に違反することがあるとき」に当たり(最高裁昭和五八年(行ツ)第一四八号同六〇年一月二二日第三小法廷判決・民集三九巻一号四四頁参照)、これが本件選挙の結果に異動を及ぼすことが明らかであるから、本件選挙は無効である。

(四) なお、名簿争訟は、選挙人が自己の登録漏れ等を争う方法としては意味があるが、他人の不正登録等についてそれを縦覧期間内に争うことは非常に難しい。まして右のごとき選挙管理委員会自体の違法行為によって違法な補正登録がなされたような場合には、名簿争訟を利用することなど到底不可能である。このような場合にも形式的に名簿争訟によらなければならないとすれば、国民の選挙権という最も重大な権利を根底から奪うことになり、まさに角を矯めて牛を殺す結果になってしまうのであって、本件のような場合でも名簿争訟によるべきであるとの被告の主張は、選挙管理委員会の本来の役割を放棄した自殺行為にほかならない。

【被告の主張】

1 はじめに(本件紛争の本質)

(一) 本件補正登録された者は、すべて住民基本台帳法上適正に一宇村の住民として住民登録された者であって、平成七年三月三〇日に選挙人名簿から登録抹消されるまでは、一宇村における国政、県政選挙を含む選挙権の行使が保障されてきたところ、十分な調査や常況に応じた住民登録の転出指導等も行われないまま、本人の意思に反して職権で選挙人名簿から登録抹消され、憲法で保障された民主主義の根幹である選挙権を剥奪された結果となっていたものである。

そして、実際にも、登録抹消の前後にわたり、住民からは、選挙権の行使ができなくなることに対して多数の異議申出があり、前記のとおり原告西内隆治自身が紹介議員となって一宇村議会に「選挙権保護に関する請願書」が提出されて村議会で採決され、また、徳島地方裁判所には異議申出棄却決定の取消しを求める行政訴訟が提起されるなど、住民の選挙権の早期回復が求められていたものである。そのような状況下、一宇村村長部局による住民基本台帳法七条等に基づく調査や一宇村選管による再調査が行われ、住民によっては住民登録の転出指導等も行われた後、実態としては職権による登録抹消の取消処分である本件補正登録がされたものである。

(二) 本件補正登録については、本件選挙に際し選挙人名簿の縦覧が行われ、その修正に関する調査の請求(公選法二九条三項)や異議申出(公選法二四条)、名簿争訟(公選法二五条)等の法的手続を執る者は現れないまま本件選挙が執行されたところ、選挙結果が判明した後になって、原告西内隆治は従前村議会への選挙権保護の請願の紹介議員をしていたこれまでの態度を覆し、同原告が中心となって本件選挙が無効である旨の主張がなされ、本件訴訟が提起されるに至ったのである。

2 本件登録抹消の不当性

(一) 本件登録抹消に当たっては、それが選挙権行使の機会の剥奪という極めて重大な結果をもたらすにもかかわらず、各地区の部落会長、農業委員、納税組合長又は近所等から事情を聴取したのみで、居住の有無について本人から直接事情を聴く等具体的事実に基づいて明らかにすることがなかったものであり、また、その調査の内容も、調査票に多数の記載漏れがあったり、理由等の記載も漠然としたものにとどまり、到底十分な調査を行ったものとは認められない。なお、平成七年四月九日執行の徳島県議会議員一般選挙に係る選挙時登録縦覧期間中、本件登録抹消を受けた者のうち一七名から異議申出があったが、一宇村選管は、何らの再調査もしないなど、いずれも十分な審査を経ずに異議申出を棄却した。

(二) 一宇村選管が本件登録抹消に際し、たとえば病院等に長期入院をしていることをその理由としているものが数多く認められるが、病院、診療所等に入院、入所している者の住所は、医師の診断により一年以上の長期かつ継続的な入院治療を要すると認められる場合を除き、原則として家族の居住地にあるとされているから(昭和四六年三月三一日自治振第一二八号自治省行政局振興課長から各都道府県総務部長宛通知)、医師の診断書等を徴したり、医師から直接事情聴取したりすることなく、長期入院をしているというだけで、本人から直接事情を確認することなく伝聞のみで住所要件を満たさないとして、選挙人名簿から登録抹消することは、その手続に重大な瑕疵があるというべきである。また、勤務する事務所又は事業所との関係上家族と離れて居住している会社員、いわゆる出稼人等の住所要件の認定についても同様である。

(三) このように、本件登録抹消は、法定の手続を忠実に履践することなく行われたものであって、実体要件の有無を論ずるまでもなく正当とはいい難いものであったから、本件補正登録により速やかな権利回復を図った一宇村選管の措置はむしろ適切であった。

3 本件補正登録の正当性

(一) 本件登録抹消の後、住民基本台帳法一〇条に基づく通知を受けた一宇村長は、同法三四条二項に基づく調査を行うこととし、一宇村職員一六名に調査を指示し、本件登録抹消を受けた一五五名から死亡者一人と転出者九名を除いた一四五名について、直接本人に対し若しくは関係者を通じて調査が行われ、その結果、大多数の者につき住所要件を是認する結果となった。このように、住民の居住関係を公証する基本的な住民基本台帳上の住所が一宇村長の調査により認定されたのであるから、選挙人名簿登録に際しての住所要件の認定に当たってもその判断を基本的には尊重すべきであり、一宇村選管がそれを基に本件補正登録を行ったことは何ら不当なところはない。

(二) 公選法は、被登録者の住所要件について、第一次的に住民基本台帳の正確性に依存することとし、被登録者の住所要件については何らの規定も設けていないのであり、公選法二一条三項及び同法施行令一〇条所定の調査義務は、公選法二二条により新たに被登録資格を得た選挙人を選挙人名簿に登録するためのものであって、選挙人名簿に既に登録されている者についての調査を含むものではない。したがって、補正登録という形式を採っているものの、本来は違法な本件登録抹消の取消処分によって処理すべき本件において、公選法二一条三項及び同法施行令一〇条の調査義務に違反するとの原告の主張は失当である。

4 選挙無効争訟の提起の可否

選挙人名簿の登録の手続は、選挙の管理執行の手続とは別個のものに属し、右登録の手続における瑕疵は、結局選挙人名簿の個々の登録の誤り、すなわち、公選法二四条、二五条所定の手続によってのみ争われるべきものであって、それだけでは選挙人名簿自体の無効を来すものでもなく、また、選挙時登録全部を無効とするものではない。したがって、選挙人名簿調製上の瑕疵は、たとえそのために多くの誤載者が出たとしても、直接には選挙無効原因たる「選挙の規定に違反することがある」場合に当たらない。

原告らは、名簿争訟については縦覧期間中に争うことが非常に難しいと主張するが、原告らは、物理的には争うことが可能であったにもかかわらず意図的に期限を徒過したのであって、かかる主張を是認することはできない。

第三  当裁判所の判断

一  公選法二〇五条所定の選挙無効原因は、当該の選挙の執行につき選挙の規定に違反することがあり、かつ、そのことが選挙の結果に異動を来すようなものであることである。そして、「選挙の規定に違反することがあるときは」とは、選挙管理の任にある選挙管理委員会が当該選挙の管理執行の手続に関する規定に違反することがあるときというものと解すべきである(最高裁昭和二七年一二月四日第一小法廷判決・民集六巻一一号一一〇三頁等)。また、公選法二六条所定の補正登録は、同法二二条により選挙人名簿の登録をした日後、当該登録の際に選挙人名簿に登録される資格を有し、かつ、引き続きその資格を有する者が選挙人名簿に登録されていないことを知った場合に、その者を直ちに選挙人名簿に登録すること等を市町村の選挙管理委員会に義務付けたものであって、特定の選挙を執行することのみを目的としてされるものではなく、当該選挙が行われる機会に選挙人名簿を補充する趣旨でされるものであるから、その手続は、当該選挙の管理執行の手続とは別個のものに属し、したがって、右登録手続における市町村選挙管理委員会の行為が同法に違反するものであるとしても、直ちに同法二〇五条一項所定の選挙無効原因である「選挙の規定に違反する」ものとはいえないというべきである。もっとも、選挙人名簿の調製に関する手続について、その全体に通ずる重大な瑕疵があり、選挙人名簿自体が無効な場合において、選挙の管理執行に当たる機関が右無効な選挙人名簿によって選挙を行ったときには、右選挙は、選挙の管理執行につき遵守すべき規定に違反するものとして無効とされることもあり得、また、市町村選挙管理委員会は、補正登録をするに当たっては、被登録資格を有する者のみを選挙人名簿に登録すべきであって(同法二二条)、被登録資格を有することについて確認が得られない者を登録してはならないのであるから(同法施行令一〇条)、市町村選挙管理委員会が補正登録を行うに際し、かかる調査義務を一般的に怠ったため、選挙人名簿の調製に関する手続についてその全体に通ずる重大な瑕疵があると評価できるときも同様であると解すべきである。しかしながら、そのような事情が認められず、単に選挙人名簿の個々の登録内容の誤り(選挙人名簿の脱漏、誤載に帰する瑕疵)は、同法二四条、二五条所定の手続(いわゆる名簿争訟)によってのみ争われるべきものであり、たとえそれが多数に上る場合であっても、それだけでは個々の登録の違法を来すことがあるにとどまり、選挙人名簿自体を無効とするものではないから、右のような登録の瑕疵があることをもって選挙の効力を争うことは許されないものといわなければならない(最高裁昭和五三年七月一〇日第一小法廷判決・民集三二巻五号九〇四頁、同昭和六〇年一月二二日第三小法廷判決・民集三九巻一号四四頁)。

二  そこで、本件補正登録が行われるに至った経緯をみるに、前記第二の一(基礎となる事実)のとおり、一宇村選管は、一宇村に住民登録を有するが現実には同村内に住所を有しない者がいる疑いがあるとして実態調査を行い、更に旧基準を定めた上で再調査を行った結果、選挙人名簿に登録されている者のうち一五五名もの大量の者について(弁論の全趣旨によれば、同村の選挙人名簿に登録されている者は約一六〇〇名であることが認められるから、一宇村の全選挙人の実に一〇パーセント近くに相当する。)、同村内に住所を有しないとの理由で選挙人名簿から登録抹消をした本件登録抹消をし、これを受けて、一宇村長は、住民基本台帳法三四条二項に基づく調査を同村関係部局に命じたものであるところ、同村関係部局がした調査は、本件登録抹消を受けた者を対象に、その生活実態を明らかにするため、本人から直接事情を聴取し、本人と面談でないときは、親族、同居人等の関係者から事情を聴取するなどの方法で、実際の居住地、住民票上の住所地での持家、借家の別・家族の居住の有無・田畑山林の管理の有無・電気水道・テレビ・電話の加入状況、就労・就学状況、生活の本拠をどこに置きたいかという本人の意思等のかなり詳細な事項についてされたものであり、その後委員の構成を一新した一宇村選管においても右調査の結果が参酌され、これを踏まえた上で更に独自の調査が行われ、その調査方法・項目も、一宇村関係部局が行ったのと同様に、原則として本人と面談して事情を聴取するという方法により、調査対象者の生活の状況、地縁的関係、健康状態、就労・就学の状況、本人の意思を調査項目として行われたものである。以上の事実にかんがみると、一宇村選管は、本件補正登録に際し行うべき調査義務を一応尽くしているものというべきであり、これを一般的に怠ったということはできない。

また、本件補正登録は、その実質において、本件登録抹消という行政処分を更に取り消す行政処分といえるところ、本件登録抹消に至る過程で行われた一宇村選管による調査なるものは、委員が自ら調査員となって調査を行うが、原則として各部落会長等から事情を聴取する方法によって行われ、直接本人と面談して事情聴取を行うなどの方法が基本的に取られなかったなど、本件登録抹消がその対象者から一宇村における選挙権を剥奪する結果を招く重大な処分であるにしては調査の方法・内容が必ずしも十全といい難いものであり、現に、その過程で一宇村内に住所を有するかどうか疑義があるとされ、その旨の通知を受けた者多数から異議申出がされたにもかかわらず、一宇村選管は、右申出をほぼ悉く退けた上、調査開始後約四か月余後という比較的短期間のうちに本件登録抹消が行われたものである。これらの点を考慮しても、本件補正登録に際して行われた調査は、本件登録抹消に際し行われた調査を見直すものとして、十分なものであるということができる。

なお、一宇村選管が本件登録抹消に係る者が一宇村に住所を有しないことを知りながら、ことさら本件補正登録をしたと認めるに足りる証拠はない。

三  原告らは、本件において、選挙人名簿の調製に関する手続について、その全体に通ずる重大な瑕疵があって、選挙人名簿自体が無効であると解すべき理由として、一宇村選管が選挙名簿への登録要件の一つである住所要件の認定に関する基準を旧基準から、実態を無視してできるだけ一宇村における選挙権を認める方向で作られ、旧基準と比べて住所を恣意的かつ不当に拡大した基準である新基準に変更したことに基づくものであることを挙げるが、新基準は、その内容そのものの当否はともかく、それ自体住所要件の認定基準としてはきわめて抽象的で一応の目安という以上のものとはいい難いものであり、その実際の運用の上で旧基準を指針とした場合と比べて顕著な差をもたらすものか疑問であるし、新基準のみを唯一の基準とし、これを個々の事例に機械的に当てはめることによって、一律に住所の認定がなされ得るとはいい難い上、本件において、本件補正登録が新基準のみを唯一の基準としてこれを個々の事例に機械的に当てはめて住所の認定をしたと認めるに足りる証拠はないから、結局、本件補正登録は、新基準を念頭に置きながらも個々の事情に即した個別、具体的な判断がされたものと認めるほかはない。

四 そうすると、一宇村選管において、本件補正登録を行うに際して行うべき調査義務を一般的に怠るなどしたため、選挙人名簿の調製に関する手続についてその全体に通ずる重大な瑕疵があると評価できるときには当たらないというべきであって、仮に本件補正登録に係る選挙人の住所認定に誤りがあるとしても、それは単に選挙人名簿の個々の登録の誤りにすぎないというべきであり、かかる登録の誤りの是正は、同法二四条、二五条所定のいわゆる名簿争訟によってのみ争われるべきものであって、たとえそれが多数に上る場合であっても、それだけでは個々の登録の違法を来すことがあるにとどまり、選挙人名簿自体を無効とするものではないというべきである。したがって、右のような登録の瑕疵があることをもって本件選挙の効力を無効とすることは許されないものといわなければならないから、本件選挙を無効とする旨の裁決を求める審査の申立てに対し、これを棄却した本件裁決は結論において相当である。

第四  結論

以上のとおり、本件裁決の取消し及び本件選挙を無効とすることを求める原告らの請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山脇正道 裁判官田中俊次 裁判官村上亮二)

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